皆様、こんにちは。こんばんは。
今回もご覧いただきまして誠にありがとうございます。
さて、近年の社会の在り方に関する考え方として、
「男女平等」や「ストレス社会からかの解放」
といった良いものがある一方、
「人を競い合わせることはよくない」
「かけっこは、全員でゴールしなければならない」
「学芸会の主役が何十人もいる」
といった、過度な平等性を謳ったものも多く散見されます。
確かに、多くの人が平等に扱われることに対してはその通りであるとは思いますが、過度な平等意識の押しつけは、それぞれの個性を潰し、社会に変革を起こさせるような人物が出てこない状況を作り上げてしまうことにつながってしまいます。
人類が大きく発展していくためには、常識にとらわれない考え方を持つ人物が活躍する必要があります。
「過度な平等性」という考え方を幼い時から植え付けてしまうと、そういった人類の発展に欠かせない人物たちの登場を妨害してしまいます。
人とは個体すべてがみな同じではありません。
足が速い人もいれば、遅い人もいる。
目立つのが好きな人もいれば、陰で支えるのが得意な人もいる。
それぞれが個性であり、それはある種競争の中で開花していくものもあります。
いうなれば、「過度な平等性」はそれを考え付いた大人たちのエゴでもあるのです。
才能を競い、磨き挙げるのは悪ではありません。
その中で、歯を食いしばって努力することも罪ではありません。
それぞれの優れた個性や性格を認め、それを活用しやすい社会を作り上げることが「真なる平等」と言えると考えます。
今才能を磨き、努力している方は、存分にそれを磨ききってください。
平等という言葉で、目の前の障害から逃げている人がいれば、勇気をもって一歩踏み出してみましょう。
必ず動いた分、実るときがやってきます。
一緒に頑張りましょう!
Aoto
0コメント